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病院でのこととか色々

出産の記録として、女性として未知の領域だった色んなことを経験した記念といってはおかしいのですが、簡単に書いておこうと思います。思いつくままに書くので時間も前後するけれど、また気が向いたら付け足していくし、修正するかもしれないし、そのままかもしれないし。
31日に退院だったので、この日付で書いておきます。

◆出産後3日目の昼食に、病院食とは思えないちょっと豪華な祝い膳が出ました。そういうのが出ること自体知らなかったのでびっくりしたけど、食いしん坊なのでとても嬉しかったです。
でも、その時は誰も来ていなくて1人きりだったので、1人で食べるにはちょっと寂しかったかな。
写真はその祝い膳です。かなりな量でしたがもちろんぺろりと完食。

◆ちなみに、入院中に出た食事は全てぺろりでした。
妊娠中はずっと喉から胃の辺りの異物感が取れなくて、ちょっと食べ過ぎると胃もたれしたり胸焼けしたりと、食事が楽しめなかったのがストレスになってましたが、出産したらすぐにではなかったけどそれがなくなって、美味しくご飯を食べられるようになったのがこの上ない喜びです。

◆出産して後処理が終わったら深夜1時過ぎだったので、病室には夜が明けてから入るらしく陣痛室で寝てくれということで、ちんこが寝るスペースも(長椅子はあったけど、とてもじゃないけど眠れそうにない)ないのでちんこは一旦帰宅して寝てまた来ることになりました。
それから1人でベッドに横になってましたが、興奮していたのか目が冴えて眠れず。4時頃になって、「前日の朝4時過ぎから起きてるから・・・24時間も起きてるんやなあ〜」と考えていたら、新たに入院してきた人が隣の陣痛室に入った様子。
この人が最初は控えめだったんだけど、時間が経つごとに声が激しくなってきて、分娩室に入るまでも入ってからも絶叫。まさに雄たけびという感じで、気持ちはわかるつもりだけど、この声を分娩前に聞いてたらきっと恐怖で出産できなかったんじゃ・・・と思うようなものでした。ほんとに怖かった。恐ろしさのあまりベッドの中で泣いたもんな〜(T_T)

◆入院中に↑の人と授乳室で一緒になりました。出産日が同じだったので何時頃?とか話していたら絶叫の人と判明したのです(笑)
その人は3人目だったそうで、2人目まで安産だったので半分なめてかかっていたら大変な目にあったと言ってました。次があるかどうかわからないけど、分娩への恐怖心再びって感じでびびっています。

◆病室は出来れば個室でと希望していたのですが、運良く空いた部屋があってめでたく個室に入室できました。
ちょっと広すぎて寂しい感があったけど、基本的に母子同室の病院なので夜中にミカを泣かせまくってても同室の人に遠慮・・・とか考えなくても良かったので。鍵も貸してもらってセキュリティもOKな感じだったし(トイレが隣だったのでミカを置き去りにして用を足していたら、看護師さんに怒られてしまいました(~_~;))。
入院費はもちろん大部屋よりは高くついたわけですが、市立の病院なので多分個人病院よりはリーズナブルだったんだと思います。

◆出産したらその後回復するまでの間に悪露(おろ)という名の出血?おりもの?があるということ、プレママスクールに行くまで全然知りませんでした。
また、私自身は元気で体がつらいということもないのであまりぴんとこないのですが、産後ゆっくりしておかないと後で影響が出る、と皆に言われるので、これまた多少びびっています。なにしろ高齢出産だしな。

◆退院前日にチクチク縫ったおまたの抜糸がありました。溶けるタイプのやつとかでパチンパチンと切ってもらっただけなのですが、これがまた何とも・・・・陣痛より痛い気がしました。でも、切ってくれたのは妊婦検診の担当医オガワっちだったのでリラックス出来た感はあります。退院当日の朝の診察もオガワっちでした。
入院中の回診は他の先生ばかりだったので、顔を見たらお礼言いたいのにな〜と思っていたので、言えて良かったです。


中の人が出てきました

25日未明頃。
寝ている時から腰が痛むなと思ったものの、ちんこが朝早い出勤の日だったので4時起きしてあれこれしていたらいつの間にか感じなくなった。でも一通りの家事を終えてソファに横になって世界陸上を見ていたら、時間の間隔にばらつきはあるもののまた腰が痛くなってきて、我慢が必要な位のやや強い痛みになってきたので、あ〜これはもしかしたら陣痛なのかなと。

昼過ぎに痛みがやや和らいで、会社に行ってた時のヤングな派遣さんが「もうそろそろ生まれた?」と電話をくれて、なんだかとても嬉しくなって1時間くらいバカな事ばっかり言って過ごした。
電話を切ったらまた痛みが増して、ちんこの帰宅した15時半頃になっても痛みは続き、夕方病院に電話。もう少し間隔が短くなったらまた電話をとの指示だったので、とりあえず夕飯を食べて様子を見ようという感じでモリモリ食べた。

夕飯の片づけをしたりしてるうちに、間隔は変わらないけど痛みが強くなったような気がして、我慢してるのが嫌になってきたので、再度病院に電話して入院させてもらうことにして、OKが出たのでまとめてあった荷物を持ってちんこに付き添ってもらって病院へ。ちんこ母とうちのオカンにも一応電話連絡。ちんこは翌日の仕事を休んでくれた。
20時頃に病院に着いて陣痛室入りして、前開きのパジャマ(丈の長いやつ)に着替えた。 おパンツは病院で用意されていた『産じょくショーツ』を渡されたけど、 サイズが小さくて履けずちんこと笑い…まだこの時は痛いながらもそんな余裕があった。

陣痛の間隔を見る機械?みたいのを付けられて1時間、だんだんバカな事を言う元気もなくなり、壁を叩きたくなるような痛みが頻繁になってきたのだけれど、子宮口はまだ2cmしか開いてないと言われ、どうしたもんかなと内心トホホな感じ。
お風呂に入ってきたかと聞かれて入って来なかったと言ったら、助産師さんがシャワーを浴びてきてもいいよと言うので、痛みをこらえつつ何とかすませて戻ったあたりから、痛みが更に強くなって陣痛の間隔も短くなったので、痛かった以外はあんまり覚えてない。
何やら赤ちゃんの出て来る姿勢が何かまずい事になってるとかで、仰向けに寝てひーひー言ってたのを四つん這いになってみてと言われてなったら、おまたから熱い液体らしきものが出る感じが・・・・。「は、破水したみたいなんですけどー」と言ったら内診してくれて、子宮口全開なので分娩室へ行こうと…も、もうですか?( ̄[] ̄;) 

プレママスクールで分娩時の話を聞かせてくれた経産婦さんは、分娩室に歩いて行ったと言っていたけど、こんなひーひー言っててそんなん無理だよーと思ってたら、さっさと陣痛室のベッドごとガラガラと連行された。さすがにベッドから分娩台に移るのは自分でよっこらしょとしたけど・・・(重すぎて担いではもらえまい(*´ー`))

分娩台に上がってからはおしっこをとってもらったり、剃毛してもらったり、おまたに何か塗られたり、熱めのお湯(多分…違うかも)をおまたにかけられたり、その間必死にいきみたいのを我慢していると、助産師さんが教えてくれた呼吸の仕方もおろそかになって。助産師さんは準備の作業をしながらでもそんな私に喝。『赤ちゃんが苦しいよ』…それを言われると、頑張らざるをえない。ここまで来て中の人が無事に出てこられないのは困る。

準備が整ってさぁどうぞと言われてから何回かいきんで、おまたも切られて、大きなうんちが出る〜という感じでつるっと中の人が出て来た。
出てすぐ元気に泣いていて、感動なんて安っぽい表現では語弊があるのだけど、確かに何とも言えずこみあげるものがあった。26日0時21分、いよいよ母親としてのスタートです。

中の人は3740g。デカイけど、4000は超えてると覚悟ししていたので『思ったより小さかった』と思ってしまった。
中の人が出た3分後に胎盤がずるっと出て、けっこう前の方まで裂けたとの事でチクチク縫われ、麻酔は痛かったけど麻痺してたのか我慢できてしまう自分が不思議だった。打たれ弱いのに・・・

後処理が終わって中の人と並んで写真を撮ってもらって、再びベッドによっこらしょと移ってまた陣痛室に戻ると、立ち合いはせず待機してくれてるはずのちんこはいなかった。( ̄[] ̄;) 
「ご苦労様。よく頑張ったね。ブチュッ(のち、抱擁)」とかないのか?!(夢見すぎ)

・・・少しして中の人もすっかりきれいになって現れたので、ほんとにこれがお腹の中にいたのかよ〜としみじみ見物していたらちんこが戻ってきて、生まれたらしいのはわかったけど後処理が長くて待ちくたびれてトイレに行っていたとか・・・


そんなこんなで、入院日を3日後に控えての陣痛→自然分娩で無事に出産することが出来ました。
しかも入院してから4時間半ほどの安産で(母子手帳の分娩時間の欄には、痛みが強くなってきて入院させてくれと電話しようと思った時からの時間を聞かれて、それも合わせて書かれてましたが)、高齢とか肥満とかでちゃんと産めるのかとても不安でしたが、案ずるよりなんとかというのは本当なんだなと実感してます。

中の人の名前はミカ(カタカナじゃなく漢字で書くけど、とりあえず個人情報保護してみようかなみたいな)になりました。古くからの友人に同じ名前の子がいる&ちんこの親戚にも2人もいるらしいのでどうしようかな〜と思ったけど、呼びやすく、漢字も簡単で覚えやすく書きやすく、↑の友人は明るくてべっぴんさんなのであやかりたいのもあって、決定しました。
冒頭にupした写真は生後10時間ほどの。生まれてすぐには見えないな〜とうっとりしてしまってたのですが、夕方にはなんだか高砂親方みたいにしわっしわに・・・・_| ̄|○


陣痛促進剤


41週目(40週3日)の検診に行ってきました。
診察室に入るやいなやオガワっちが微妙な微笑みで「過ぎちゃったねえ〜」・・・・_| ̄|○

予定日を過ぎても陣痛がやってこないので、28日に入院して陣痛促進剤を使います、とのこと。
陣痛促進剤で怖い目にあった人のサイトなんかを見てかなりびびっていたので、出来れば自然に陣痛が起こって欲しかったんだけど・・・・
火曜日はオガワっちが当直だと思うので、オガワっちに取り上げてもらうのならなんとなく安心かな、という気がする(と、思い込もうとしてる)。

帰りに、骨盤が赤ちゃんが通れるだけの大きさがあるかどうか調べるためにレントゲンを撮っていって下さいと言われたのでレントゲン室?に寄りました。妊婦なので別にもうこんな格好は恥ずかしいから嫌っ!とか言う気ないけど、マタニティのスカート履いてたのをべろんとめくって下さいと普通〜に男のレントゲン技師さんに言われたのはちょっとアレな感じでした。まあ、別におパンツ脱げって言われたわけじゃないからいいんだけどさ、ぶつぶつ。
ただ、これでもし赤ちゃんがでかすぎたら・・・お腹切られてしまうんだなあ。あー・・・_| ̄|○

■25日に陣痛が来て26日に出産したため、誘発の必要はなくなりました。一応妊婦生活カテゴリのシメとして残しておきます。■


予定日です。


遂にこの日がやってきましたが、陣痛さんはまだやってきてくれません。

昨日は実家のオカンから、今朝はちんこ母から電話がありました。オカンからのはわかりやすい「まだ?」コールでしたが(まだって聞かれたって私が生まれる人じゃないんだから・・・と、誰もが思うことを思う)、ちんこ母のはそうではなかった模様だけど。
予定日、遅めに言っておけばよかったかなぁ。
でも、心配してもらって感謝しています。

荷造りが完璧と↓に書きましたが、ちんこが病院にこれない時とかに写真をぱしゃぱしゃ撮るために、デジカメの乾電池を充電しておくのを忘れていたので、昨日それもすませてバッグに入れておきました。個室がうまくあいていれば個室に入れてもらうつもりです。母子同室の病院なので、かなり楽しみだったりします。

このままだとやっぱり、21日の検診に行って入院日を決められて・・・って流れになるんだろうなあ。

ここのコメント欄への書き込みもそうだし、友達からも、どうしてる?というメールや電話をもらったり、とっても感謝しています。
ちんこの写真を見た友達が「野口五郎に似てる」と言ったのですが、私はといえば一番最近に言われたのは前世を見る江原さん。(←( ̄[] ̄;) )どちら似がいいかといえばやっぱり五郎似でしょう。五郎顔の人が出てくるのを心待ちにしながら、今夜も汗だくになりつつしっかり寝ようと思います。


まだ妊婦です。


毎日暑いです。妊婦であることに疲れてきた今日この頃です。
もともと汗かきだけれど、拭いても拭いても流れ出るとか、しょっぱくなくなってしまった汗とか、なんか人間の体って不思議で凄いな〜とか変に関心してしまったりしています。

14日に39週と3日の検診に行ってきました・・・もう40週目だよ〜!早く出てきてクレクレ。
オガワっちは「予定日超えしそうな雰囲気だねえ〜」と、来週の検診日までにうんともすんともいわなかったら、入院の日を決めようね♪とのんびり宣告するのでした。陣痛ないのに入院ってことは、促進剤かお腹ぶすっと切っちゃうってことなの?オーマイガッ( ̄[] ̄;) 

今回は先週みたいに浮腫もひどくなく、何故か血圧は異様に高かったけどお咎めもなく、体重も浮腫がおさまった影響か減ってたし、オガワっちからは歩けという命令ももうなく・・・
見放された?( ̄□ ̄;)!!

実は14日の時点で私はまだ入院のための荷造りをしていなくて、母乳が出なかった時のためのミルクや、ちんこのいとこからもらった哺乳瓶の乳首も買っていなかったのでした。なので昨日、炎天下の中サウナのようになった車を運転して買ってきました。
こりゃ、用意が出来てないからちゃんとすれば出てきてくれるに違いないということで、重い腰をやっと上げて(本当に腰だけじゃなく体じゅうが重い)買い物した袋につまったまんまのこまごましたものやらなんやらをバッグに詰めました。
パジャマやらタオルやらは洗濯してあったのであっという間に出来たんですが、これだけでもう疲労困憊。情けない・・・・_| ̄|○

その他の出産準備としては、14日の検診の後、病院の近くにある激安の美容院に行ってカットしてもらってきました。イメージ的にはタカandトシのぽっちゃりした方の人くらいの短さ。美容師さんはでかすぎる私のお腹にびびっていたのか、早くすませなければと思ったようで、すごくスピーディでした。
あとは足の爪を切ったり(お腹がつかえてもうギリギリって感じだったけど何とか切れた)、ムダ毛の処理をしたり。
ちんこがいない時にお腹が痛くなって病院に行く時のために、タクシー会社の電話番号も調べてもらいました(ちんこに)。ちんこの職場直通の番号もバッチリ。

こんな感じなので、もういつ陣痛がきても大丈夫。(誰に言ってるんだ)
・・・・名前はまだ決まってませんが。( ̄[] ̄;) 


ギリギリ安産祈願


ちんこが仕事から帰ってきてから、三重県ではメジャーな椿大神社に行ってきました。
腹巻を巻かねばと言っていた頃から、安産祈願に行こうと言っていたのにのびのびになって、「もう行かなくてもよくね?」みたいな雰囲気になっておりましたが、ちんことしては気になってたみたいです。

ここはちんこと知り合って間もない時に、私が今の車を買ったばかりなのに早速ぶつけられたりしていたため、やっぱりお祓いしてもらった方がいいかなということでついて行ってもらった神社。あの時はまだお互い縁遠慮気味だったし、それから1年と8ヵ月後に大きなお腹を抱えて安産祈願に来るなんて・・・と感慨深い気持ちになりました。

安産祈願といっても特別に祈祷してもらったわけではなく、奥の方の本殿?に参拝して安産のお守りを買って帰ってきただけなのだけれど、酷暑の中でも参道は涼しくて、普段歩くのが苦手な私もラクラク・・・なわけはない(*´ー`)もう、グッタリでした。
出来れば予定日までに、するっとつるっと出てきますように。
(ってもう予定日3日前だよ( ̄[] ̄;) )


浮腫++


38週と3日目の検診日でした。
前回ほどの待ち時間もなく、読書が進まなかったのはちょっと残念な気もしましたが、子宮口もやっと開いてきたそうなのでちょっと前進したかなと実感出来て嬉しかったです。

ただ、今日はちんこが午後からの出勤だったため、病院に行くまでにお昼ご飯とお弁当をこしらえてたりしてたら起きてから一服する暇もなかったため・・・(単に朝寝坊してただけだけど)診察の時には象の足のまま!!( ̄[] ̄;) 
母子手帳の「浮腫」の欄にもとーぜんプラス2つが初めてついて(今まではかろうじて1つですんでた)、診察後に助産師さんとの面談で居残りとなりました。。。_| ̄|○

面談の内容はまあ「家事はそんなに根をつめないで、休み休みやりなさい。」というもので・・・
夫婦2人だけの生活なのにそんなに立ちっぱなしですることあるの?とか言われたんですが、自分でもそれは常々思っていたことで。自分の家事をこなす要領が悪いのかな?と思ったりもするけど、自分で言うのもなんですけどそれは可能性薄。(要領が良いとも言えないけど)

やっぱりさあ、被扶養家族として、扶養してくれている人(ちんこ)が快く生活、仕事に行ける環境を整えることがやるべきことなんでは・・・と思ったりしているわけで、それがもちろん全く完璧に出来てるわけではないので、こんなに足をぱんぱんに腫らせてもまだ働きが足りないんだと思うところもあるわけです。
でも、助産師さんは「産前産後は無理してはいけません」「非常時なんだから」と・・・

まあ、ハイそうですかと明日から休み休み家事を・・・と極端にやるとは思えないけど、要領よく手を抜くのは本当にやらないとなー。
これで血圧が高かったら入院なんだそうですが、幸いなことに低いので。あと少しの妊婦生活、無事に過ごせると良いのですが・・・どうなることやら。はあ。

あっ。今日もエコーはなかったし「散歩しろ」との指導もなかったので、めそめそ泣かないですみました(笑)


プレママスクールで初回から一緒で、週数も同じだった人が帝王切開で出産して、今日退院という話だったんですが、時間的に会えないだろうな〜と思ってたら、駐車場に車を入れたら目の前をその人が赤ちゃんを抱いて歩いていて、なんという偶然!
赤ちゃんは、出てきたばかりの時はどこの子も同じで・・・赤いお猿のようだった。うちの中の人もきっとあんな感じだな。一回りはデカイと思うけど_| ̄|○

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