1才の壁を越えていない。
2009年6月30日 Hiro | コメント(2)
1才半検診の時に引っかかって、居残りで発達相談を受けた流れというかフォローというか、で、昨日は朝から市の保健センターで『児童相談』という名前の相談に出かけてきました。
そこで、検診の時に受けたみたいな色々なテスト(パズルだったり、積み木だったり、穴にその形に合ったものを入れるのだったり)を受けて、普段のミカの様子も聞かれて、それで心理士の人に言われたのがタイトルの言葉。
今1才10ヶ月だから、1年近く発達が遅れているってことです。いわゆる自閉症とか、発達障害とか、まだ何かを診断されたということとは違うのだけど。
市立の療育施設での「療育」を受けることを勧められたので、とりあえず予約を入れて見学待ちって段階にあります。見学して、話を聞いて、療育開始できるのはいつになるかなー、待ち遠しいなという感じ。
療育というのは普通の子供を持つ人には耳慣れない言葉なんじゃないかと思うけど、私はミカの発達が常に遅めなのでずっとネットで調べて意識はしていて、いざ自分がそういう場所に行くことに今の段階ではそう強く抵抗は感じていない・・・気がします。「うちもいよいよか」という、新学期が始まる時のような気持ちもあります。自分でも信じがたいのだけど。
そして、その施設が自宅からもちんこ実家からも非常に近い場所にあるという幸運。遠かったら、毎日通うんだったらそれだけで疲弊してしまいそうだけど、車で10分ほどなので朝もそんなに大変ではなさそうです。おまけに給食つきなので(ここ重要)昼メシの心配がいらないなんて素晴らしいのです。
と、自分がラクすることばかりをあげて喜んでたりしますが、この療育というやつを受けると、数ヶ月ではもちろん無理だそうですが、1年も続けるとかなりの変化がみられるんだそうで、絶対に受けて損はない!と、心理士さんのお墨付きなので、ただ嘆いたり戸惑ったり悩んだりしていても何も変わらないのなら、せっかくいい環境にいるのにやらない手はない!と思うのであります。
保健センターから帰ってすぐに、休みで家にいたちんこに話し、その後ちんこ実家にも行ってちんこ父母にその旨報告。ちんこ母には前から保健センターに行く話をしてあったので、療育の話も反対などされることもなく、「早い方がいいから」「自分も見学に行く時は同行したい」と。心理士さん曰く「家族の偏見や反対に遭って療育に進めなかった人もいる」らしいので、そういう問題はなく、前向きな家族に恵まれてよかったと思います。
うちの実家のオカンは、多分こういうことを話してもあまり話が通じないような気がするので、療育に通う予定なんかが決まってから話すつもりです。
ってなわけで今後は療育カテゴリなんてのを作ってみたので、療育に関することはそちらに書きたいと思います。ママ友さん達とあちこち偵察に出かけたりした話は、今まで通りで。
・・・と長々書きましたが、重たくしたくないので今日はあまり泣き言を書かないだけで、このマイナス思考&後ろ向きにまっしぐらな私が、前向きなことばかり考えてるわけがありません。打たれ弱くすぐにくじけ嫌になるような私をなぜ、あえて選んでミカは生まれてきたのか?もしかして間違えたんか?と思わないこともないですが、とりあえず彼女は私が母親であることくらいはわかっていると思うので、こんな母でもニタニタ笑って近寄ってきてくれることをかみしめつつ、普通の発達ができるように産んであげられなかったことを懺悔しつつ、私は私にできることを、自分も大事にしながらしていきたいと思います。
写真は、ベビー用のあたりめとこんぶの袋を放さないミカさん。食い気は何歳児並みなんだ?
コメント(2)
コメントする
- Categories
- Pages
- Archives
- Tags
-
- Feed
- Powered by
- Search
-
Leave your comment here.
今日から1週間、東京です。
先程メッセージを拝見してそのあとで初めてミカちゃんのことを知りました。
読んでいて泣けてきてしまいました。
ひろいなさんの母親としての思いが伝わってきて・・・
私はもう子育てを卒業したようなものですが、息子は結構手間のかかる子だったのでその頃のことを思い出しました。
1歳6ヶ月検診では指摘されませんでしたが、幼稚園に入った頃からどうも他のお子さんとは違うなあと思ったりしたものでした。
小学校に入ってもどうも勉強ができなくて、4年生のときに通っていた塾の先生には「このままではおそらく普通の高校には入れないでしょう」と宣告され、私はその場で泣きました。
学校の担任の先生にも「注意欠陥多動症候群ではないでしょうか」と訊ねたこともあります。
今思えば軽い学習障害児だったのかもしれません。
まあその後、運よく中学時代をタイで過ごすことになったので高校は帰国子女専門の南山国際高校に入れたのですが、もし日本の中学に通っていたらおそらく俗に言う底辺の高校に入っていたのではないかと思われます。
タイの日本人学校ではなんとかオール3(美術だけ5)という成績にまでなりましたが、日本だったらオール2がいいところだったと思うからです。
それまでになれたのはタイで教えてもらった家庭教師の先生のおかげなんですけどね。やっぱり教えてくれる人が必要だし、いい先生にめぐり会うってことが大事だというのを実感しました。
息子はご存知の通り、高校を出た後、いったんは近所の芸術大学に入りましたが、東京で音楽の修行をしたいという思いのもと、この春から東洋大学に入学しなおし、今は毎日楽しく学校に通っています。大学では社会学を専攻していますが、自分のやりたい学問だったようで転学して正解だったのではと思っているところです。
とにかく個性的といってしまえばそれまでですが、変わった子であるのは相変わらずです。
私もそれを受け入れるまでは色々悩みました。
障害とまではいわないけれど人とは違っているのは明らかでしたから。
でも今、成人まで育ててみて、息子はやはり私の子なんだなと思えるようになりました。
変な子だけど私の子なんです。
この先もずっと私の子なのですよね。たとえミュージシャンになれなくてフリーターになったとしても息子は息子。
エリートとまでいわずとも普通の社会人になってほしい気持ちはもちろんありますけれど、息子はそういう人生を歩めない子に生まれてしまった・・・私がそういうふうに産んでしまったのかもしれませんね。
ミカちゃんはまだ1歳10ヶ月。まだまだどんなふうに伸びていくかわからないと思います。
療育については私は知識がないので何も言えませんが、受けておいて損のないことならばぜひ前向きに受けられたらいいと思います。
そういえばうちの息子と同じ年のゆんたくさんの次男さんも2歳の頃だったか言葉が遅くてそういう相談所だったかに通ったようなことを言っていました。
どんなお子さんでも個人差がありますから。最初ゆっくりのお子さんはあとで一気に追いついたりもしますしね。
うちの娘も早生まれのせいもありましたが、小学校2年生くらいまでは何をやらせてもいまいちかな・・・って子でした。
5年生の担任の先生がすごくよくて娘の殻を破ってくれたおかげでそこからは順調に行きました。そういう子もたくさんいますよ。
長くなってしまってごめんなさい。
今の私にはなんだか何をひろいなさんに言ってあげたらいいのかよくわからず、支離滅裂な文章になってしまいました。
応援してます。
そしてミカちゃんお健やかな成長を祈っていますね。
かのんさん。
お忙しいのにたくさんたくさん書いて下さってありがとうございます。
かのんさんに初めてお会いした時に「今」を想像することなんて絶対になかったです。なので、何だかとても嬉しいのです。(何を言ってるんだって感じですが)
よく「人それぞれ違うけど育児に悩みはつきものだよね」という言い方をしますが、私はミカが生まれて首のすわりが遅いな・・・という頃から歩き出す最近まで「そんな言葉で片付けないで、ウチはそんな程度のことじゃないかもしれない。普通に順調に成長した子を持つ人に何がわかるんだ?」と思っていました。
でも、今はその言い方が妙にしっくりきています。専門家にミカが「特別」というような言い方をされたのに、です。不思議ですね。
それはかのんさんが息子さんを「変わった子である」と表現されているのと同じように、ミカも多分「変わった子」にはなるんだろうという気持ちがあるからかも知れません。
育児の大先輩であるかのんさんに、いつか(実現しないいつかではなく)お子さんお2人のお話をたくさんお聞きしたいです。
また、mixiのメッセージも送りますね。ありがとうございました。